信頼性と機動性を両立する無線設計論
カメラに「見えない命綱」がある——電波という現実
本番中継が止まった日のこと

2019年9月、台風15号が千葉県を直撃した夜、複数の中継クルーが映像を送れなくなった。機材の故障でも、アンテナの向きのミスでもない。携帯キャリアの基地局が停電したのだ。
スタジオでは映像が来ない。送り出し側のカメラマンは正常に撮影している。なのに画面は真っ暗のまま。
これは「運が悪かった」話ではない。設計の問題だ。
電波の世界は「5つの道路」でできている

ワイヤレスカメラの映像伝送は、大きく5つの方式に分かれる。
それぞれを「道路」に例えるなら、こうなる。
- 専用免許マイクロ波(FPU) — 誰も使えない専用高速道路
- セルラーボンディング(4G/5G) — みんなが使う一般道を複数束ねたもの
- ローカル5G/sXGP — 施設内に自分で敷いた私道
- メッシュWi-Fi — 仮設の抜け道ネットワーク
- ミリ波・5GHz/6GHz帯 — スタジオ内専用の超高速ショートカット
どの道が最適かは、現場の距離、遅延の許容値、法規制、インフラ依存度によって変わる。「この方式が最強」は存在しない。それが現実だ。
見落としがちな2つの数字
① 遅延時間のリアル
方式によって遅延が桁違いに異なる。
方式 伝送遅延の実測値 ミリ波・5GHz帯近距離無線 1ms未満(ARIB計測基準) 専用免許FPU 35ms〜130ms(ARIB STD-B71準拠システム) セルラーボンディング 300ms〜1,000ms(通信キャリア品質保証外)
アナウンサーが話す口元と音声がズレる「リップシンク崩壊」は、遅延が約80msを超えると人間が知覚できると言われている(NHK技研公開資料より)。1,000ms遅延のまま生放送に使えば、映像が音の1秒遅れで流れることになる。
② 帯域の数字が変わると何台送れるか
ARIB STD-B71規格のFPUは最大104.261Mbps。4K映像1チャンネル(約100Mbps前後)をギリギリ1本通せる計算だ。
一方、免許不要のsXGP方式(1.9GHz帯)は10MHz帯域幅設定時の上り最大14Mbps。HEVC(H.265)圧縮を使えばHD映像1本は通るが、非圧縮や複数カメラ同時送信には実効帯域が不足する。
この数字の差が「何を選ぶか」の根拠になる。
よくやるミス——そして、正解
ミス① 「Wi-Fiがあるから大丈夫」という判断
屋外の会場にWi-Fiルーターを1台置いて「映像が通る」と思っていたら、来場者のスマートフォンが5GHz帯に殺到して帯域が消えた。これは起きる。頻繁に起きる。5GHz帯は来場者のデバイスと同じ帯域だからだ。
→正解: 自営のsXGPまたはローカル5Gを使い、公衆の電波と帯域を分離する。
ミス② 「遅延は後でなんとかなる」という先送り
スイッチャーに映像が入って初めて「遅延が違う」に気づいても遅い。FPUの130msとセルラーの700msを同じスイッチャーに入れると、切り替え瞬間にタイムラインがずれる。
→正解: 事前に全カメラの遅延を実測し、スイッチャーのバッファで統一する。この手順が有料部にある。
ミス③ 6GHz帯を屋外で使う

TeradekのBolt 6シリーズなど、6GHz帯を使うシステムは国内では屋内専用だ。電波法で明確に規制されており、屋外での使用は違反になる。さらに、送信機側の電源はバッテリー運用も不可で、AC電源接続が義務付けられている。「日本版と海外版では使えるチャンネルが違う」では済まない話だ。
→正解: 国内向けに出荷された機材でも、設定ファイルを確認して「Japan Indoor」モードになっているかを必ず点検する。
たとえ話——「2人の管理人問題」
メッシュネットワーク方式は、データをノードからノードへバケツリレー形式で送る。これは「1つの荷物を複数の宅配業者がリレーで届ける」イメージに近い。1人がつながらなくなっても別ルートで届く。ただし、業者が増えるほど荷物の到達時間は遅れる。ホップ(中継)が1段増えるたびに遅延が蓄積する。4段中継すれば、単純計算で遅延は4倍近くになる。
これは「冗長性と遅延はトレードオフ」という設計の基本原則だ。冗長性を取れば遅延が増える。遅延を削れば冗長性が落ちる。どちらを優先するかが設計者の腕の見せどころになる。
この記事の有料部で手に入るもの
有料部では、以下を体系的に解説する。
- 5方式の仕様比較表(遅延・帯域・免許要否・適用シーンの全項目)
- sXGPのカメラ収容設計(帯域幅設定ごとの収容可能カメラ台数の計算式と根拠)
- 本番導入前15項目チェックリスト(フェーズ別・確認基準付き)
- 障害症状別トラブルシューティング表(5症状×原因×対処手順)
- ST 2110 IPネットワーク統合要件(PTP同期偏差・スイッチ帯域・NMOS制御の3大条件)

設計フェーズから本番運用まで、現場で即使える判断軸が揃う。
読んでから現場へ行くか、現場で困ってから読むか
この設計知識を持たないまま大型中継を請け負うと、機材選定の段階で致命的な判断ミスが起きる。FPUの免許申請には通常3〜6ヶ月のリードタイムが必要で、本番1ヶ月前に「やっぱりFPUにしよう」は通らない。
次の現場を事故なく通り抜けるための設計図が、このあとにある。


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