IP伝送遅延を計算に入れる演出設計
配信卓の脇でヘッドセットをつけたまま、「はい、2カメ」と指示を出したことがある。ボーカルがサビの頭で客席を煽る、その一瞬を狙った合図だった。ところが実際にスイッチャーが切り替わったとき、サビはもう8小節近く進んでいた。オンサイトの現場なら絶対に外さなかった「間」が、拠点をまたいだ途端に消えてしまったのだ。

原因は演出家の腕でも集中力でもない。信号が目に届くまでの時間そのものが伸びているからだ。フレームレート59.94の現場なら、1フレームは1000ミリ秒÷59.94で16.68ミリ秒しかない。ところがNDI|HXのような圧縮伝送は、エンコードとデコードだけで50〜200ミリ秒の遅延を持つ(NDI公式ドキュメント「Encoding and Decoding」より)。フレーム換算すれば3〜12フレーム分、演出家が見ている「いま」は、すでに過去の映像になっている。

これは衛星中継のインタビューで、現地レポーターの返事がわずかに遅れて聞こえる、あの現象と構造は同じだ。距離と圧縮が生む遅れは、演出家の技量とは無関係に発生する。だから「腕が落ちた」と自分を責める必要はない。責めるべきは、遅延を計算に入れていない設計そのものだ。

実は、この遅延は「消す」ものではなく「測って織り込む」ものだ。測定の手順と、演出のキュー出しに反映させる具体的な数値の使い方さえ押さえれば、拠点をまたいでも「間」は取り戻せる。
この記事の有料部では、次の3点を扱う。
- グラス・トゥ・グラス遅延を現場で実測する具体的な手順
- オンエア系統とモニタリング系統の遅延差を揃える設計手順
- 音声と映像の遅延プロファイルがズレたときの直し方

この計算を知らないままリモート演出へ移行すると、本番中に「間」がずれたままそれに気づけない状態が続く。原因が分からないまま経験だけで補おうとするのは遠回りだ。次の現場から使える計算式と手順は、このすぐ先にある。


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