電源設計における遮断特性の判断基準
開演70分前、仮設スタジオの発電機が再始動した。ラックに並んだIPスイッチ、エンコーダー、PoE給電のPTZカメラが一斉に起動ランプを灯した次の瞬間、分電盤のブレーカーが落ちた。担当した電源スタッフは配線のゆるみを疑い、端子を締め直した。原因はそこではなかった。電流計を当てて初めて分かったのは、機材そのものではなく「同時に電源を入れたこと」が引き金になっていたという事実だった。

スイッチング電源を内蔵する放送・配信機材は、電源投入の瞬間だけ定常時の入力電流よりもはるかに大きな電流を引き込む。この現象は突入電流(インラッシュカレント)と呼ばれ、定常時の数倍から数十倍に達し、持続時間はわずか数ミリ秒に過ぎない(コーセル株式会社「ブレーカの選定について」技術情報より)。機材が1台だけなら分電盤は何も感じない。だが同じタイミングで複数の機材が並列に起動すると、瞬間的な電流はそのまま足し合わされる。分岐ブレーカーの多くはIEC 60898-1のC特性に分類され、定格電流の5倍から10倍の電流が流れた瞬間に遮断するよう設計されている(IEC 60898-1規格)。IPスイッチ5台とPoEカメラ3台が同じ瞬間に突入電流を発生させれば、この閾値はあっけなく超えてしまう。

ここまで読んで、自分の電源設計が甘かったと感じる必要はない。突入電流は機材の故障でも、担当者の落ち度でもなく、電気の物理現象として最初から織り込まれているものだからだ。たとえるなら、コンサート会場の開場と同時に来場者が一斉に入り口へ押し寄せる場面に近い。一人ひとりの体格は普段と変わらないのに、同時に押し寄せた瞬間、入り口の警備員は「異常事態」だと判断してゲートを閉めてしまう。ブレーカーが本番前に落ちるのは、機材が壊れているからではなく、入り口の許容量を超えて人が殺到したからにすぎない。

対策そのものは複雑ではない。電源を入れる順番と、ブレーカーの遮断特性を合わせて設計し直すだけで、この種の事故は防げる。新しい機材を買い足さなくても、既存のラック構成のままで対処できる場合もある。
この記事の有料部を読み終えると、次の3つが手元に残る。
- ラック内機器の突入電流を棚卸しし、分岐ブレーカーの遮断特性と照合するチェックシート
- 電源投入順序の設計手順と、シーケンシャル電源(PDU)を使った運用手順
- 現場で起きやすい電源トラブルの原因を切り分けるための早見表

一度落ちたブレーカーをそのままにして次の現場へ機材を持ち込めば、同じ場面を繰り返すことになる。原因を切り分け、投入順序を設計し直す具体的な手順を、この先に置いておく。


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