IP伝送における耐障害設計の判断基準
先月、知人の技術ディレクターから相談を受けた。九州のロケ地から東京のスタジオへ、SRTで深夜番組を中継していたという。本編そのものは無事に終わった。だが翌朝、技術チームのSlackには苦情が並んでいた。「後半、画がカクついて見えなかった」。彼は首をかしげていた。設定は他の現場と同じはずだったからだ。

原因は、回線の距離にあった。中継先はロサンゼルス方面のCDNを経由していたのだ。SRTには、失われたパケットを検知して再送を要求する仕組み(ARQ)が備わっているが、この再送には往復の通信時間、つまりRTTがそのままかかる。ロサンゼルス―東京間は、経路が最適化された海底ケーブル区間でRTTがおよそ97ミリ秒、実際の運用ルーティングでは110〜130ミリ秒に達すると報告されている(Melbicom社のネットワーク解析レポートより)。SRTの開発元Haivision社は、安定した復旧に必要な最低レイテンシーを「RTTの3〜4倍」と定義している。つまりこの回線では、最低でも291〜520ミリ秒のバッファが要る計算になる。彼が使っていたのは、SRTの初期値である120ミリ秒のままだった。

彼を責める気にはなれない。SRTの初期値120ミリ秒は、公式ドキュメントの冒頭に載る、いわば標準の数字だからだ。だがこの数字は近距離の回線を想定した目安にすぎない。SRTの再送は、荷物の届け忘れに気づいた配達員が、あとから配送業者へ電話をかけて再配達を頼むようなものだ。相手先が近所なら数分で届く。だが地球の反対側となれば、電話をかけてから荷物が届くまでの時間そのものが、番組の尺を圧迫していく。

救いはある。再送に頼らず、最初から同じ荷物を2つの経路で同時に送っておく設計思想も存在する。SMPTE ST 2022-7という、2013年に制定された二重化伝送の規格だ。復旧を待つSRTと、そもそも欠落を起こさせないST 2022-7。この2つを正しく使い分ける判断基準を、有料部で具体的な数値とともに解説する。
この記事の有料部を読み終えると、次の3つが手元に残る。
- SRTのレイテンシーとoheadbw(帯域オーバーヘッド)を、回線条件から逆算して設定する計算式
- ST 2022-7による二重化経路の設計手順と、切替が視聴者に気づかれない条件
- SRTとST 2022-7、どちらを選ぶべきかを現場で即断できる判定フロー

いずれも、規格書と公式ドキュメントの数値に基づいた設計手順であり、感覚や経験則だけに頼るものではない。
レイテンシー設定を勘で決めたまま本番に臨む現場は、今も残っている。だが、その勘が外れた瞬間に画は止まる。次の中継で同じ思いをしないための計算式と設計図を、この先に置いておく。


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