
山あいの中継現場、電波が1本しか立たない駐車場の隅で、機材車の屋根にアンテナを立てたことがある人間なら分かるはずだ。「衛星があれば安心」という言葉を、現場で鵜呑みにしてはいけない。
2026年、スターリンクは「Direct to Cell」を「スターリンクモバイル」と改称し、スマートフォンがそのまま衛星と直接つながる時代を印象づけた。だが、この技術が担っているのは「地上網の代替」ではなく、まったく別の役割だ。ここを取り違えたまま現場設計をすると、本番当日に痛い目を見る。
なぜ代替にならないのか。理由は電波の物理にある。スマートフォンの送信出力は最大0.2W(23dBm)、アンテナは無指向性でゲインはマイナス3〜0dBiしかない。この微弱な電波を、550km上空を秒速約7.5kmで飛ぶ衛星が拾いにいく。実測データでは、地上網と比べて受信信号強度(RSRP)が中央値で24dB低い。デシベルは対数なので、24dBの差は電力比でおよそ250分の1だ。この条件下での屋外実効スループットは、1ビームあたり約3Mbpsに留まる(出典:Fierce Network、Teslarati等の技術報告に基づく学術実測値)。

これは「衛星が弱い」という話ではない。むしろ、この制約の中で通話とSMSを成立させている設計そのものが技術的偉業だ。問題は、この特性を知らずに「配信のバックアップ回線」として衛星直収を組み込んでしまう現場設計にある。
たとえるなら、衛星直収回線は高速道路の路肩に設けられた非常駐車帯のようなものだ。本線(地上の光回線・5G網)が順調に流れている間、非常駐車帯の出番はない。だが本線が事故で完全に止まったとき、そこだけが唯一動いている道になる。路肩を本線の代わりに使おうとした瞬間、渋滞は解消しない。速度も車線幅もまったく別物だからだ。

方法はある。IP伝送に関わるプロフェッショナルが、衛星直収の限界と用途を正しく切り分ければ、BCP設計としても中継設計としても、確実な武器になる。実際、KDDIの「au Starlink Direct」はすでに段階的にサービス範囲を広げており、対応端末は1,100万台を超えた。この現実的な進化のスピードと、地上網との住み分けの設計思想を理解しているかどうかで、次の現場での判断精度がまったく変わってくる。
この記事の有料部では、スターリンクモバイルV2と地上キャリア・競合LEOサービス(AST SpaceMobile)の実測ベースの技術比較、KDDI「au Starlink Direct」の段階展開の実態、そして映像伝送実務者がこの技術をBCP設計・中継設計に落とし込むための判断手順を、数値と出典付きで整理した。

衛星直収を「知らないまま」次の中継現場に入ると、本線が止まった瞬間に打つ手がなくなる。逆に、路肩の使い方を知っていれば、災害時・僻地中継・緊急連絡のどの局面でも、迷わず一手を打てる。


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