グリーンバック合成とIP伝送のクロマサブサンプリング設計基準
対象読者:撮影・中継業務に関わり、IP伝送技術に関心を持つすべてのプロフェッショナルへ。
SDIでは完璧だったキーが、IPに切り替えた瞬間に崩れた

企業VPの収録だった。グリーンバックの前でタレントが商品を手に語る。SDIモニターで確認したキーは申し分なかった。輪郭も、生え際のほつれ毛も、背景と自然に馴染んでいる。ところが本番配信用にIP伝送経路へ切り替えた瞬間、モニターの中で彼女の毛先だけが薄緑色に透け始めた。照明を疑い、グリーンバックの色ムラを疑い、スイッチャーの設定を何度も見直した。美術も照明も、何一つ変えていない。原因は、SDIからIPへ切り替わった、その瞬間に発生していた。
犯人は「色の間引き」だった

クロマキーは、被写体の色情報(クロマ)とキーカラーの差を判定して抜きを作る処理だ。ところがIP伝送で採用されるH.264やHEVCといった圧縮方式は、色情報を間引く「クロマサブサンプリング」を前提に設計されている。代表的な4:2:0方式では、明るさの情報(輝度)は全画素分そのまま保持される一方、色の情報は隣接する2×2画素で1つの値を共有する形に置き換わり、フル解像度(4:4:4)と比べて全体の色情報のうち75%が共有値に差し替わる(出典:Frame.io Workflow Guide「Chroma Subsampling」)。代表例であるH.264は、この4:2:0を規格の一部として採用している(出典:同上)。SDIで直接見ていたときは輝度も色もフル解像度で届いていたキー映像が、IP経由に切り替わった瞬間、色情報だけが4分の1に間引かれた状態で届くようになる。毛先のように1〜2画素幅の細い線は、この間引きの影響を真っ先に受ける被写体だ。
あなたも美術も、何も間違えていない
4:2:0の色情報は、4人に1本しか傘がない状態に似ている。誰がどこに立っているか(輝度)は全員分正確にわかるのに、傘の中にいるかどうか(色)は代表者1人の情報を残り3人が借りて判定される。境界ぎりぎりに立っている人ほど、本当は濡れているのに「傘の中」と誤判定されやすい。毛先の1画素は、まさにこの境界の人だ。美術も照明もカメラマンも、現場で何一つ間違えていない。間引かれた色の代表値が境界線上でどちらの味方をするかは、伝送方式側の設計であらかじめ決まってしまっている問題なのだ。
この差は、知っていれば埋められる

この事故は偶然でも機材の個体差でもない。IP伝送経路のどこでクロマサブサンプリングが発生しているかを把握し、キーイングが必要な映像経路にだけ意図的に4:2:2以上の設定を選べば、毛先の透けはSDI直視の時点とほぼ同じ精度まで戻せる。実際、放送用の非圧縮IP伝送規格であるSMPTE ST 2110-20は、4:4:4・4:2:2・4:2:0のいずれも選択できる仕様になっている(出典:RAVENNA Network「Defining SMPTE ST 2110 Protocols」)。どれを選ぶかは現場の設計判断であり、知らずに任せてよい話ではない。
この記事で手に入るもの
有料部では、次の内容を具体的な数値とともに手に入れられる。
- 美術・カメラ・IP伝送という3つの層に分解した、クロマキー精度の診断フレームワーク
- グリーンバックの明るさ・均一性を波形モニターの数値で判定する実測手順
- NDI・SRT・ST 2110・JPEG XSそれぞれのクロマサブサンプリング仕様と、キーイング用途での選定基準
- 二重圧縮による「間引きの重ね掛け」を防ぐ伝送経路の設計手順とトラブル早見表

次の現場で、同じ原因を疑わずに済むように
この違いを知らないまま本番のIP伝送経路を組むと、収録後の編集段階で毛先だけ抜けない、境界がにじむという事故に繰り返し遭遇することになる。その都度、照明や美術に原因を探しに行くのは時間の無駄だ。次の現場で最初から正しい場所を疑えるよう、判定の数値と設計手順をこのあとにまとめた。


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