リハーサルのあとの、片付けの時間だった。
ディレクターが言う。「さっきのカット、俺は『カメラ、いち』と言ったぞ」。スイッチャーは首をひねる。「『しち』と聞こえました。7番が出る流れだと思って、疑いませんでした」。カメラは8台。1番は客席への引き、7番は楽屋口に置いた予備機だ。画面に出たのは、誰もいない楽屋口だった。

どちらも嘘を言っていない。録音を聞き直しても、どちらの言い分も成り立つ。こういうとき、現場は「耳」と「集中力」の話にしてしまう。だが、それでは次の現場でまた同じことが起きる。
※この冒頭は、後述の数字を当てはめて組み立てた想定の場面だ。記事内の数字は、出典を示したもの以外、すべて式に当てはめた試算であり、特定の現場の実測値ではない。
数字を並べてみよう。
まず、声が通る道の幅だ。公衆電話網が通す音の範囲は、300Hzから3400Hzまでである(Hu & Loizou, 2010, J. Acoust. Soc. Am. 128(3))。この幅だと、英語の/s/と/f/のように、高い音に手がかりが残る子音の聞き分けが難しくなる、と同論文は述べている。日本語で同じ現象がどこまで起きるかは、本稿では確認していない。

次に、言葉の短さだ。日本語の発話速度は平均7.84音節/秒である(Pellegrino, Coupé & Marsico, 2011, Language。59人・585録音)。1000÷7.84=約128ミリ秒が、1音節の長さになる。「いち」と「しち」は、どちらも2音節。後ろの「ち」が同じで、違うのは頭の1音節だけだ。約128ミリ秒の中に、聞き分けの手がかりが全部収まっている。
さらに、8台のカメラを日常の読み(いち・に・さん・し・ご・ろく・しち・はち)で呼ぶと、組み合わせは28組(8×7÷2)になる。そのうち同じ仮名を含む組は4組、14.3%(4÷28)だ。
何度もコピーを重ねた書類を読んだことはないだろうか。「1」と「7」の細かい部分が飛んで、似た形がひとつの形に見えてくる。元の字が悪かったのでも、読む人の目が悪かったのでもない。通り道で細部が削られたのだ。インカムの声も、同じ仕組みで削られる。だから、聞き違えたスイッチャーを責める必要はない。はっきり言ったつもりのディレクターが、自分を疑う必要もない。問題は、声の道と、番号の読み方の設計にある。

方法はある。聞き違いが生まれる場所は、4か所に分けて数えられる。声を出す人、声が通る道、声を受ける人、そして言葉そのもの。4か所それぞれに、今日確かめられる数字と、前もって決めておける約束事がある。ただ、ここで手順を書けば、あなたは半分だけ知った状態で現場に入ってしまう。詳細は有料部にまとめた。
この記事の有料部で手に入るもの
- 聞き違いが起きる4か所を、漏れなく重ならずに切り分ける判定表
- 声の道ごとの「通る幅」を、コーデック名と数字で確かめる台帳の作り方
- 8台のカメラ番号を、同じ仮名を含む組が1組(3.6%)に収まるよう読み替える表
- 復唱を入れても往復1.28秒で収まる、呼び方の型
- 本番前に1経路あたり2分で終わる、聞き取りテストの台本
- 踏みやすいミス5つと、見落としやすい珍しいトラブル3つの正解

有料部を読み終えたとき、番号の読み替え表、声の道の台帳、聞き取りテストの台本の3点が手元に揃う。次の現場のリハーサルから、そのまま使える。


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