IP伝送時代のキューコールとランオブショー設計

去年の秋、都内のホテル宴会場で開かれた周年イベントの中継だった。壇上の司会が「それでは記念VTRをご覧ください」と言った瞬間、スイッチング卓の「Go」ボタンを指示どおりのタイミングで押した。プレビューモニターには正しく切り替わっている。だが客席の大型ビジョンに実際に絵が出るまで、体感で一拍分の間があった。司会はすでに次の言葉を話し始めていて、VTRの冒頭カットとかぶった。押し間違えたわけではない。機材が壊れていたわけでもない。

SDIで受けているカメラ映像は、ケーブルの物理伝送を除けばほぼフレーム単位でスイッチャーに届く。ところがSRTで受けたVTR再生機の映像は事情が違う。SRTの遅延バッファは既定値で120ミリ秒に設定されており、往復遅延(RTT)の2.5倍以上を確保することが推奨されている(出典:Haivision/SRT Alliance技術文書、OBS「SRT Protocol Streaming Guide」)。同じ「Go」を同時に出しても、SDI側とSRT側では絵が出るタイミングに数十〜百数十ミリ秒の差が生まれる計算になる。人間が「今だ」と判断してボタンを押すまでの反応時間は、平均でおよそ250ミリ秒、1,469人を対象にした大規模計測では平均約231ミリ秒という報告がある(出典:Human Benchmark、PMC掲載の反応時間研究)。つまりキューコールそのものが持つばらつきと、同じ桁の遅延が伝送経路の側にも重なっている。
これは、同じ号砲を聞いて走り出す駅伝のようなものだ。号砲は全員に同時に届く。だがあるランナーのスタートラインだけ数十メートル手前に引かれていたら、同時に走り出しても同時にはゴールしない。ズレているのはランナーの脚力ではなく、スタートラインの位置そのものだ。今回の現場も、キューを出すタイミングがブレていたわけではなかった。映像が実際に「出発」する位置が、経路によって最初からズレていた。

このズレは偶然でも機材の不良でもない。伝送経路ごとに異なる遅延量を、進行表とキューコールの設計段階で数値として織り込めば、体感のズレはほぼ解消できる。機材を入れ替える必要はない。必要なのは、経路ごとの遅延を測り、それを前提にした「間」の設計だ。
有料部を読み終えると、次の三つが手元に残る。
- SDI・SRT・NDIなど複数の経路が混在する現場で、経路別の遅延を測定してキューのオフセットを算出する手順
- ランオブショー(進行表)に遅延マージンを組み込むテンプレートと記入例
- 多拠点中継・リモートゲスト出演・グラフィックス合成という、性質の異なる3つの現場でキューがズレる実例と、その直し方

このズレを放置したまま多拠点中継や周年イベントの本番を迎えると、司会の言葉と絵のタイミングが毎回微妙に合わないまま進行することになる。気づかれずに終わることもあれば、来賓の目の前で気づかれることもある。次の現場で同じ違和感を出さないための測定手順と設計テンプレートを、このあとに書いた。


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