インタビューを2本のマイクで録った。片方だけ聴くと、芯のある落ち着いた声だ。ところが2本を混ぜた途端、鼻をつまんだような、中身の抜けた声に変わる。フェーダーを上げても、イコライザーをいじっても直らない。マイクは1本増えたのに、音は悪くなった。

この場面に覚えのある人は、収録の現場にも、配信の卓にも、講演会場の袖にもいるはずだ。

犯人は機材ではなく「届く時刻」だった
この現象には名前がある。位相ずれ(コムフィルター)という。同じ声が2本のマイクに入り、時刻がずれて重なると、特定の高さの音だけが打ち消し合う。
音は秒速343メートルで空気中を進む(20℃の乾燥した空気。出典:Sengpiel Audio)。1メートル進むのに、1÷343=0.0029秒、つまり約2.9ミリ秒かかる計算だ。マイクの距離が34.3センチ違えば、届く時刻は1ミリ秒ずれる。1ミリ秒のずれがあると、最初の谷は500ヘルツに現れる(1÷(2×0.001秒)=500。出典:Biamp サポート「Comb filters」)。その先も1500、2500、3500と、1000ヘルツおきに谷が並ぶ。

しかもこの現象が起きる時間差は、0.5〜25ミリ秒の範囲だ。2つの音の大きさの差が10デシベル以内に収まっていることも条件になる(出典:DPA Microphones「The basics about comb filtering」)。25ミリ秒は距離にして8.6メートル(0.025×343)。この内側に2本のマイクが並ぶ状況は、収録でも配信でも講演でも日常の風景である。
あなたの耳は正しい。悪いのは構造だ
耳が悪いのでも、マイクが不良なのでもない。同じ声が2つの道を通って届くときの、時刻と波の向きのずれが原因だ。

2人で同じブランコを押す場面を思い浮かべてほしい。同じ瞬間に押せば揺れは大きくなる。真逆のタイミングで押せば、ブランコは止まる。ずれが中途半端なら、押すたびに揺れ方が変わる。声の波もこれと同じだ。マイクが2本あるということは、押す人が2人いるということになる。しかも声には低い音も高い音も混ざっていて、波ごとに呼吸が違う。ある高さの音は強め合い、別の高さの音は打ち消し合う。声の特定の帯域だけが抜けるのは、そのためだ。
直し方は存在する。そして特別な機材はいらない
ずれの出どころは、整理すると切り分けられる。それぞれに測り方があり、直し方も決まっている。機材の買い替えは要らない。測る道具は、収録や編集に使っているソフトの機能で足りる。
この記事の有料部では、次のものが手に入る。
- ずれの出どころを4系統に切り分ける判別表
- 現場の音を使って、ずれをミリ秒とセンチメートルに換算する手順と計算式
- 48キロヘルツ用の補正早見表(距離・時間・サンプル数の対応)
- 複数のマイクを並べても谷を作らない、配置の数値基準
- ピンマイクとブームの併用、IP伝送とアナログの併用、配線の極性違い。この3つの現場での実測手順と記録票

読み終えたとき、あなたの手元には、原因判別表と補正計算表と現場チェック票の3点が揃う。次の現場の1本目のマイクを立てる前から、使える。
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