IP時代のカメラケーブリング設計と伝送距離の計算方法
ある夜、野外イベントの本番中に4番カメラの映像が突然静止画になった。スイッチャー席は騒然となった。まず疑われたのはカメラ本体だった。予備カメラへの切り替えで放送は継続できたが、原因究明は翌日に持ち越された。

翌朝、CCUラックとフィールドパッチパネルの間を1本ずつ点検すると、断線でも機材故障でもなかった。原因は、パッチパネル内の1本のシングルモード光ファイバーコネクタの先端に付着したわずかな粉塵だった。指先でも見えないその汚れが、光の通り道を塞いでいた。

この種の事故は珍しくない。光ファイバー接続の専門機関NTT-ATが実施した調査では、回答したインストーラーの98%、ネットワーク運用者の80%が「コンタミネーション(汚れ・粉塵の付着)」を通信障害の主要原因として挙げている(出典:NTT Advanced Technology調査、Corning社公式サイト「The Importance of Cleaning」で引用)。ケーブルの断線よりも、目に見えない汚れの方が現場を止める確率が高いという事実は、実際にコネクタを扱ったことがある人ほど実感として理解できるはずだ。
IP伝送の時代、カメラとCCU・スイッチャーをつなぐ経路は同軸・トライアックスから光ファイバーへ置き換わりつつある。トライアックスの伝送距離は標準仕様でおよそ762m(2,500フィート)が上限とされる一方、SMPTE規格に準拠したハイブリッド光ファイバーカメラケーブルはメーカー仕様で3,048m(10,000フィート)前後まで到達できるとされる(出典:Church Production Magazine「SMPTE Fiber Cabling Simplifies Camera Infrastructures」、TV Tech「Triax vs. fiber-optic cable」)。距離の桁が変わる以上、設計の考え方も変える必要がある。
だが、この分野は不思議な空白地帯になっている。NDIやSRT、ST 2110といった「上位のプロトコル」を扱う解説はこのシリーズだけでも60本を超える。しかし、その信号が実際に流れる「下層の物理層」——ファイバーの種類、コネクタの規格、接続点でどれだけ光が減衰するか——を数値で説明した資料は、これまでの回に1本も存在しなかった。
光ファイバーの接続点は、駅の改札のようなものだと考えるとわかりやすい。改札を1つ通るたびに、乗客(光の信号)は必ずわずかな時間(損失)を消費する。改札の数が増えれば増えるほど、目的地に着くまでの遅れは積み重なる。1か所ずつは「わずか」でも、設計時にその積み重ねを計算していなければ、遠い現場に着いたときに信号が力尽きてしまう——それが伝送距離不足という形で画面に現れる。

方法は存在する。ファイバーの種類ごとの減衰値、コネクタとスプライス(融着接続)それぞれの損失値、そして送受信機器が許容する「光パワーバジェット(電力予算)」の3つを数値で組み合わせれば、自分の現場の伝送距離が本番前に計算できる。感覚や経験則ではなく、規格書に基づいた数値で判断できるようになる。
この記事の有料部では、以下を手に入る形で提示する。

- SMPTE 304M/311Mハイブリッドカメラケーブルの規格構造と、日本国内規格ARIB BTAS-1005Bとの関係
- シングルモード・マルチモード(OM3/OM4/OM5)それぞれの減衰値と伝送距離を、規格書の数値で比較した表
- 実際の10km回線を例にした光パワーバジェット計算の手順(電卓不要、そのまま現場で使える計算式)
- コネクタ清掃・曲げ半径・防塵防水等級を含む、導入前15項目チェックリスト
45年、放送・企業VP・ライブイベントの現場でケーブルを引いてきた。原因を1つずつ振り返ると、断線そのものより「汚れ」と「計算しない距離設計」が引き金だった現場が繰り返し見つかった。次の現場で同じ事故を起こさないための設計手順が、このあとに続く。


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