トランスファータイムとバッテリー劣化が壊す「計算通り」の電源設計
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配信開始から3時間17分、何も起きていないはずの時間に
深夜0時42分。配信開始から3時間17分が経過していた。企業の周年イベント配信は後半の質疑応答パートに入り、画面は落ち着いていた。副調整室のマルチビューで、右上のPTPグランドマスター監視パネルの表示が一瞬だけ黒くなり、0.6秒後に元に戻った。同時に、そのグランドマスターにぶら下がっていたNDIカメラ2台の映像が短くフリーズした。
UPSのログを開くと、たしかに動作していた。商用電源の電圧低下を検知し、バッテリー給電に切り替えている。切替そのものは仕様通りに完了していた。担当者は「UPSが壊れた」と判断しかけたが、翌日ログを解析して分かったのは、UPSはむしろ正しく仕事をしていたという事実だった。壊れていたのは、UPSではなく、UPSと機材の間にある「時間の相性」だった。
切替時間という、見積書に載らない数字
UPSの容量計算(VA・力率・バックアップ時間)を正しく済ませていても、電源が原因の瞬断は起こりうる。理由は、UPSが商用電源からバッテリー給電へ切り替わる瞬間に必要とする時間、いわゆるトランスファータイムにある。

UPSは方式によってこの時間が大きく異なる。常時商用給電方式(スタンバイ方式)は平均で約8ミリ秒、機種によって5〜15ミリ秒の幅があるとされる(出典:Power Inspired社「UPS Transfer Time」解説記事)。常時インバーター給電方式(オンライン方式、二重変換方式)は、そもそもバッテリーへの切替という動作自体が発生しないため、トランスファータイムは0ミリ秒になる。
一方、受け側の機材にも「電源が切れてから何ミリ秒までなら耐えられるか」という保持時間がある。PC用電源ユニットの業界標準であるATX仕様では、AC入力が失われてから出力電圧が規定値を割り込むまでの保持時間(ホールドアップタイム)の下限を、フル負荷時で16ミリ秒(ATX 3.0までの規定)と定めていた。2024年に公開されたATX 3.1仕様では、この下限が11ミリ秒まで引き下げられている(出典:Intel社ATX共通仕様書、LTT Labs「PSU Timing Requirements」解説記事)。

つまりPC用電源であれば、UPSのトランスファータイムより長く持ちこたえられるよう設計されている。問題は、放送・配信現場で使うネットワークスイッチやエンコーダーには、ATXのような業界横断のホールドアップタイム規格が存在しない点だ。外付けACアダプターやカスタム電源ユニットで駆動する機種にはこの保持時間を仕様書へ記載する義務がなく、メーカーへ個別に問い合わせても「未計測」という回答が返ることもある。ATXという「土俵」の外にいる機材には、そもそも保証された数字が存在しない。
あなたの現場は悪くない。見えない変数が2つ重なっただけだ
これは、リレー競技のバトンパスに似ている。前の走者(商用電源)が正確なタイミングでバトン(電力)を差し出しても、次の走者(機材の電源回路)が腕を伸ばしているのが一瞬短ければ、バトンは地面に落ちる。どちらの走者も失格ではない。渡す側の速さと、受け取る側の構えの長さ、その両方を測って初めて、バトンパスが成功するかどうかが分かる。UPSの切替時間と機材のホールドアップ時間も、この2つの数字を突き合わせて初めて安全かどうかが判定できる。
方法はすでに存在する
UPSの方式選定、機材の切替耐性の実測、そしてもう一つの見落とされがちな要因であるバッテリーの温度劣化。この3つを設計段階で押さえれば、容量計算が正しくても起きる瞬断事故は事前に潰せる。判断の順番と具体的な実測手順は、すでに規格と実測データの中に存在する。
この記事で手に入るもの
有料部では、次の3点を具体的な数値とともに手に入れられる。
- UPS3方式(常時商用給電・常時インバーター給電・ラインインタラクティブ)のトランスファータイム早見表と、機材の重要度別の選定基準
- 切替耐性を実測で確認する検証手順(必要な測定機材と所要時間つき)
- バッテリーの温度劣化を計算に織り込み、交換周期を前倒しする具体的な計算式

ここから先は、45年の現場で積み上げた判断軸だ
トランスファータイムとバッテリー劣化を知らないまま「容量計算は合格したから大丈夫」と思い込むと、本番中に原因不明の瞬断を繰り返すことになる。次の現場で同じ事故を防ぐ具体的な設計手順を、このあとにまとめた。


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