5GHz帯で跳ね上がる電波減衰の実測基準
見本市会場の特設ステージ、正面いっぱいに鏡面仕上げのアクリルパネルが立ったのは前日の夜だった。翌朝、本番前のワイヤレスカメラの電波チェックでステージ上を歩くと、パネルの前1メートル付近だけ受信機のシグナルバーが1本から2本に落ちた。カメラの設定は変えていない。送信機の電池も満充電のままだ。原因は電気系でも設定でもなく、前夜に美術チームが選んだ「鏡面」という仕上げそのものにあった。

電波と素材の関係は、Wi-Fiの現場調査で古くから整理されてきた。木材・プラスチック・無色ガラス・石膏ボードは電波をほぼそのまま通す低吸収素材、着色ガラスやレンガ、大型の水槽の水は中程度の吸収素材、そして金属(鉄扉、アルミやスチールの梁)とコンクリート内部の鉄筋、セラミックは電波を強く吸収する高吸収素材に分類される(出典:Keenetic「Wi-Fi signal attenuation coefficients when passing through different materials」)。同じ資料は、金属コーティングを施した窓ガラスの追加減衰を5〜8デシベルとしており、コーティングのない窓の3デシベルよりも明確に大きい数値を示している。さらに同資料は、鏡が電波を強く反射し干渉源になる点も明記している。美術発注の基準に「電波」という項目は、もともと存在しない。

風呂場で鼻歌を歌うと、声が分厚く響く場所と、逆に痩せて頼りなく聞こえる場所があるのに気づいたことはないだろうか。自分の声とタイルに反射して少し遅れて届いた声が、立つ場所によって重なったり打ち消し合ったりしているだけで、歌い方が悪いわけではない。ワイヤレス伝送の電波も同じ理屈で動く。鏡や金属パネルが近くにあると、直接届く電波と反射して届く電波が、受信機の位置によって強め合ったり打ち消し合ったりする「電波の谷間」を作る。美術チームの仕上げ選びが悪いのでも、技術チームの設定が甘いのでもない。反射という物理現象と、鏡面という選択が、たまたま同じ現場でかち合っただけだ。

この現象は、電波を通すか吸収するか反射するかという素材の性質を、美術発注の段階で数値として共有しておけば防げる。搬入後にステージ上の電波の谷間を短時間で見つけ出し、アンテナの位置か美術の配置のどちらかをわずかに動かすだけで解決する手順も存在する。設計をやり直す必要はない。
有料部を読み終えると、次の内容が手元に残る。
- 反射・吸収・遮蔽という3つの物理現象ごとに整理した、美術素材別の電波影響の早見表
- 搬入後から本番までの限られた時間で電波の谷間を発見する測定手順
- 2.4GHz帯と5GHz帯で減衰量がどれだけ変わるかを示す比較データと、ワイヤレス機材の帯域選びへの応用
- 症状別トラブルシューティング表と、次回以降の美術発注書に加えるべきチェック項目

電波の谷間に気づかないまま本番を迎えると、原因の切り分けに使える時間は限られている。美術を疑い、次に機材を疑い、最後に配置にたどり着く頃には、リハーサルの持ち時間はもう残っていない。次の現場で同じ切り分けに時間を使わないための数値と手順を、このあとに書いた。


コメント