新しい配信会場でAPの電源を入れる。手元のiPadでWi-Fi一覧を開く。2.4GHzのSSIDはその場で現れる。だが同じ機材、同じアンテナから出ているはずの5GHzが、一覧に出てこない。10秒待つ。30秒待つ。ようやく表示されたころには、リハーサル開始の合図が鳴っていた。

機材は壊れていない。設定も間違っていない。原因は、電波法という現場からは見えない仕組みの中にある。
2.4GHzと5GHzでは、端末がSSIDを見つける手順そのものが違う。端末は本来、周囲のAPに向けて「そこにいますか」という信号(プローブ要求)を自分から発射し、即座に返事をもらう方式で電波を探す。これなら1チャンネルあたり15ミリ秒ほど待てば済む(出典:フィールドデザイン「スキャンについて」、サイレックス・テクノロジー「WiFiの接続手続きのはなし」)。ところが5GHzの大半のチャンネルでは、この自分から呼びかける方式そのものが電波法上禁止されている。理由は単純で、その帯域は気象レーダーや航空管制用のレーダーと共用されているからだ。先に許可を得て使っている相手の通信に、素性の分からない機器が割り込んで電波を出すことは許されない。
そのため端末は、APが自動的に垂れ流す信号(ビーコン)を、ただ黙って受信するしかない。このビーコンは100.24ミリ秒に1回しか飛んでこないため、1チャンネル確実に捕まえるには最低でも約105ミリ秒は待つ必要がある(出典:同上)。1チャンネルあたりの待ち時間が、7倍近くに膨らむ計算だ。

日本国内で使われるチャンネル数で実際に計算してみる。2.4GHz帯は全13チャンネルすべてで自分から呼びかけられるため、13×15ミリ秒=0.195秒で全帯域を走査し終える。一方5GHz帯は、呼びかけが許されるW52帯4チャンネル分の0.06秒に加え、黙って待つしかないW53・W56帯16チャンネル分の1.68秒(16×105ミリ秒)が上乗せされ、合計で約1.74秒かかる。単純な走査時間だけで、5GHzは2.4GHzの約8.9倍(1.74秒÷0.195秒)の時間を要する構造になっている。

この構造は、いわば緊急車両専用の車線に近い。一般車(Wi-Fi機器)は、その車線に緊急車両(レーダー)が来ていないかを一定時間立ち止まって確認してからでなければ、進入することを許されない。急いでいるからといって先に飛び出せば、本物の緊急車両の運行を妨げてしまう。5GHzの多くのチャンネルは、そういう「先に権利を持つ相手がいる道」の上に成り立っている。だから遅いのではなく、遅くすることが法律で決められているのだ。
しかも、走査プロトコルの遅れだけでは終わらない。APの電源を入れた瞬間から、さらに別の待機時間が発生する場合がある。APはレーダーが本当にいないかを、実際に電波を出す前に一定時間だけ確認する義務を負っている。その確認時間は、条件によっては数十秒では済まない長さになることがある。
この記事では、
- なぜAPの電源投入直後に5GHzだけ長時間消えるのか(数値と発生条件)
- 配信中に5GHzが突然消えて別チャンネルへ飛ばされる現象の正体
- 郊外や壁の多い会場で5GHzが表示と非表示を繰り返す理由
- 現場でAPを選ぶ・設定する際に確認すべき具体的な項目
を、実測に基づく数値と設定手順つきで解説する。

この仕組みを知らずに現場へ入ると、原因不明の「機材トラブル」として時間を浪費することになる。逆に、この先の内容さえ押さえておけば、次の現場では設営中に無駄な確認作業をしなくて済む。


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