シーンチェンジのたびに、配信映像が一瞬止まった

企業VPの収録現場だった。ステージ照明とLEDウォールの制御、そしてNDIカメラの映像伝送が、同じネットワークスイッチに同居していた。照明卓のオペレーターがシーンをチェンジするたびに、配信卓のモニターに映るカメラ映像が一瞬フリーズした。照明担当は「いつも通りの操作だ」と言う。カメラマンはケーブルを疑い、スイッチャーの設定を疑った。原因はどちらでもなかった。照明の制御データが、ネットワーク全体に無差別に配られていたことに気づいたのは、本番が始まる前だった。
この事故は、操作ミスではなく配り方の違いだった
舞台照明は今、DMX512という信号をイーサネットに乗せて送るのが標準になっている。その方式には主に2種類あり、Art-NetはUDPポート6454(16進数で0x1936)を使い、1ユニバースあたり512チャンネルのデータを最大44回/秒で送信する(出典:Art-Net 4 Specification、art-net.org.uk公表)。このデータをそのままブロードキャストで送ると、ネットワーク内の全機器に複製が届く。1ユニバースのデータ量はヘッダ18バイト+データ512バイトの計530バイトで、8bit換算・44Hz送信なら530×8×44=186,560bps、約186.6kbpsになる(計算根拠:Art-Net 4のパケット構造とUSITT DMX512-Aが定める最大44Hzの送信レート)。ユニバースを8系統同時に使う中規模の現場では、186.6kbps×8=約1.49Mbpsのデータが、スイッチの全ポートに複製されて流れる。

あなたは操作を間違えていない。配り方の設計思想が違っただけだ
Art-NetのブロードキャストとsACN(ANSI E1.31)のマルチキャストの違いは、駅前でチラシを配ることと、宛先を指定した郵便物を届けることの違いに似ている。ブロードキャストは駅前に立って通りかかる全員にチラシを渡すようなものだ。欲しくない人の手にも届き、配る量が増えるほど周辺の人通り(ネットワーク帯域)が混み合う。マルチキャストは、あらかじめ「欲しい」と申し込んだ相手(IGMPで参加登録した機器)にだけ郵便物を届ける仕組みだ。ただし、その郵便配達員(スイッチのIGMPスヌーピング設定)が配達ルールを間違えて覚えていれば、届くはずの郵便物が届かなくなる。照明担当も配信担当も、誰も操作を間違えてはいなかった。ネットワークの配り方の設計思想を、誰も事前に揃えていなかっただけだ。

方法はすでに規格の中にある
Art-NetとsACN、どちらを選ぶべきかは現場のユニバース数と冗長要件から機械的に判断できる。VLANによる隔離、IGMPスヌーピングの設定、ユニバース数から逆算した帯域計算——この3点を積み重ねれば、照明の制御データが配信映像を巻き込む事故は起きなくなる。
この記事で手に入るもの

有料部では、次の4点を具体的な数値とともに手に入れられる。
- Art-NetとsACN、どちらを選ぶべきかを判断する基準(通信方式・冗長性・ネットワーク要件)
- ユニバース数から必要帯域とスイッチへの負荷を逆算する計算式
- 照明ネットワークと配信・カメラネットワークを安全に共存させるVLAN・IGMP設計の8ステップ
- 導入前15項目チェックリストとトラブルシューティング5種
次の現場で、同じ事故を起こさないために
この設計を知らないまま本番を迎えると、シーンチェンジのたびに配信映像が乱れる原因を、本番の最中に手探りで特定することになる。次の現場で同じ事故を防ぐ具体的な設計手順を、このあとにまとめた。
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