
対象読者:撮影・中継業務に関わり、IP伝送技術に関心を持つすべてのプロフェッショナルへ。
そのカメラには、ジェンロックの入力端子がなかった
企業VPのマルチカメラ収録現場だった。3台の新型カメラを並べ、いつも通りスイッチャーに同期信号を送ろうとBNCケーブルを手に取った。ところが、そのカメラの背面には「GENLOCK IN」のBNC端子がなかった。あるのはRJ45のイーサネットポートだけだった。メーカーのマニュアルには「PTP対応」とだけ書かれていた。スイッチャーは3系統の映像を非同期のまま受け続け、切り替えるたびに1〜2フレームの遅延とコマ落ちが発生した。
同期ケーブルが消えたのではなく、運び方が変わっただけだった

ブラックバーストやトライレベル同期は、45年にわたって映像機器を横に並べるための共通言語だった。この信号が実際に運んでいるのは、突き詰めれば2つの情報でしかない。「周波数」(1秒間に何回繰り返すか)と「位相」(どのタイミングで繰り返すか)だ(出典:Paul Briscoe「It’s About Time: PTP and the SMPTE ST 2059 Reference Standard」IP Showcase公開資料)。トライレベル同期の場合、この2つの情報は74.25MHzのクロックを基準に、負極性300mVのパルスを40クロック分、続けて正極性300mVのパルスを40クロック分送ることで表現される(出典:Tektronix「Timing and Synchronization」、Charles Poynton「Digital Video and HDTV」2003年、SMPTE 274M/296M規格に基づく)。計算すると、1クロックは1÷74.25MHz=約13.5ナノ秒、パルス1つが40クロックで約538.7ナノ秒、正負合わせて約1.08マイクロ秒の波形になる。この短い電気信号を、これまでは同軸ケーブル1本で機器ごとに配っていた。IPネットワークに置き換わった今、その役目はPTP(Precision Time Protocol)というネットワーク上のパケットが引き継いでいる。ケーブルの種類が変わっただけで、運んでいる中身の本質は変わっていない。
あなたのカメラ操作が間違っていたわけではない
ジェンロックとPTPの関係は、指揮者が指揮棒で舞台上の全員に合図を送る仕組みと、指揮者の合図を全員のイヤホンに同時配信する仕組みの違いに似ている。指揮棒(同軸ケーブル)は目の前の奏者にしか届かないため、奏者の数だけケーブルを配線する必要があった。イヤホン配信(PTPパケット)は、すでに敷いてある放送用のネットワーク回線に乗せて、同じ拍を全員に届けられる。奏者(カメラ)側から見れば、拍が正確に届く限り、指揮棒でもイヤホンでも演奏は揃う。新型カメラにBNC端子がなかったのは、配線ミスでも設計ミスでもない。拍の運び方が、専用の同軸線からネットワークパケットに切り替わっただけだ。

方法はすでに規格の中に用意されている
ブラックバースト・トライレベルとPTPを混在させたまま安全に運用する方法は、SMPTE ST 2059という規格群にすでに定義されている。周波数・位相に加えて「絶対時刻」まで一本のネットワークで配れるようになった今、レガシー機器とIP機器を同じ現場でどう共存させるかは、電気的な仕組みを理解していれば設計できる。
この記事で手に入るもの

有料部では、次の4点を具体的な数値とともに手に入れられる。
- ブラックバースト・トライレベル・PTPが実際に運んでいる情報の違いを、電気信号レベルで理解できる比較表
- 現場でジェンロックの種類とPTP対応状況を10分以内に判定する手順
- レガシー機器とPTP機器を共存させるハイブリッド設計8ステップ
- 導入前15項目チェックリストとトラブルシューティング6種
次の現場で、同じ15分間を繰り返さないために
この違いを知らないまま新型機材が現場に混ざると、本番直前にケーブルを探し回ることになる。業務用の温度補償水晶発振器(TCXO)でさえ、精度を保てるのは1日あたり1フレーム未満のドリフトが限度だ(出典:frame.io「Timecode and Frame Rates」2023年12月更新版、Ambient社Lockitシリーズの技術情報に基づく)。同期を外れたカメラは、時間とともに確実にずれていく。次の現場で同じ15分間を繰り返さないための設計手順を、このあとにまとめた。
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