配信開始19時。会場には7本のワイヤレスマイクが稼働していた。開演8分後、司会者の声が不自然に途切れた。ミキサーの受信レベルは十分に振れている。電波が弱いわけではない。原因は電波そのものではなく、電波同士がぶつかり合って生まれる「存在しないはずの周波数」だった。
こういう事故は、機材が古いから起きるのではない。むしろ本数を増やし、性能の良い機材を並べた現場ほど起きやすい。ここに、電波を扱う仕事の厄介さがある。

国内の一般的なワイヤレスマイクB帯を例に見てみよう。806.125MHz(B11)と806.625MHz(B12)のように、チャンネルは0.5MHz間隔で並んでいる。この2波を同時に送信すると、送信機の終段や受信機の高周波増幅回路の中で信号同士が混ざり合い、2×806.125−806.625=805.625MHzと2×806.625−806.125=807.125MHzという、誰も送信していないはずの周波数——相互変調歪み(IMD)が発生する。この2つの数値は、どちらも同じB帯の運用周波数帯(806MHz台〜810MHz台)の内側に着地している。マイクを1本足すごとに、ぶつかり合う組み合わせの数は掛け算で増えていく構造だ。
相互変調歪みは、狭い部屋で2人のトランペット奏者が同時に音を出したときに生まれる「うなり」に近い。誰も吹いていないはずの第3の音が部屋の反響によって生まれ、隣の奏者の音域にちょうど重なってしまう。電波の世界でも同じ現象が起きる。送信機を増やすほど、狭い部屋の反響のようにチャンネル同士が押し合いへし合いを始める。

だが、これは偶然の事故ではない。計算で事前に予測できる問題だ。メーカーが用意するグループチャンネル表に従い、本番前に会場の電波状況を実測しておけば、衝突しない組み合わせへ落とし込むことができる。
この記事では、以下を扱う。
- 相互変調歪みを避けるチャンネル設計の考え方
- Wi-Fi 5GHz帯のDFSチャンネルが引き起こす「本番中の回線切断」を避ける設計
- 日米欧で異なる6GHz帯運用ルールの違い
- 現場規模別・電波アナライザーの選定基準
- iOSとAndroidで根本的に異なる、Wi-Fi解析アプリの実力差

この判断軸を知らないまま本番を迎えると、原因不明のまま配信や音声が止まる。次の現場で同じ事故を繰り返さないための実測手順と機材選定基準を、このあとに書いた。


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