本番中に音が消えた、その3日後に分かったこと

本番開始3分前、音響卓が乗るDanteネットワークと、カメラが乗るIP伝送ネットワークを、同じ会場の同じスイッチに相乗りさせて配線を終えた。リハーサルでは何も起きなかった。だが本番中の一瞬、モニタースピーカーから出ていた音声がブツッと途切れた。スイッチのポート設定を疑い、ケーブルを疑い、機材のファームウェアを疑った。原因はそのどれでもなかった——それに気づいたのは、3日後にスイッチのログを解析した後だった。
犯人は、音声パケットと映像パケットが同じ出力ポートで鉢合わせした瞬間に起きる「順番待ち」だった。一般的なイーサネットスイッチは、複数のパケットが同時に届くと、どれを先に送るかをQoS設定という「相対的な優先順位」で決める。相対的というのがくせ者で、絶対にこの時間内に届くという保証にはならない。回線が混み合えば混み合うほど、その順番待ちの時間は伸びる。IEEE 802.1規格群には、この順番待ちを構造的になくす「TSN(Time-Sensitive Networking/タイムセンシティブネットワーキング)」という仕組みが存在する。IEEE 802.1QavのCredit-Based Shaper(CBS)と802.1Qbvのタイムアウェア・シェーパー(TAS)は、時間に敏感な音声・映像トラフィックに対して、遅延とジッタの上限を構造的に保証する(出典:IEEE 802.1 Time-Sensitive Networking Task Group公式ページ)。関連する帯域制御・スケジューリング規格は802.1Qav・802.1Qbv・802.1Qbu・802.1Qch・802.1Qcrの5本に及ぶ(同出典)。

TSNのない一般的なイーサネットスイッチは、時刻表のない駅の改札のようなものだ。電車(パケット)は次々にやってくるが、どれを先に通すかを決めるのは改札係(QoS設定)の裁量であり、「何時何分に必ず発車する」という保証はどこにもない。混雑する時間帯ほど、その裁量の余地の中で遅れは膨らんでいく。TSNは、この改札に「絶対に守られる時刻表」を持ち込む仕組みだと考えると理解しやすい。

方法は存在する。TSNのCBS・TAS・そして時刻同期を担う802.1AS(gPTP)を組み合わせれば、音声・映像トラフィックに構造的な遅延保証を与えられる。実際、プロ音響の世界ではAVnu AllianceのMilanという規格がこの仕組みをすでに採用し、複数のメーカーが対応製品を出荷している。ただし、放送用のIP伝送規格ST 2110は、この同じ問題に対してTSNとは異なる解き方を選んでいる。両者がなぜ違う道を選んだのかを理解することが、これから先のIPネットワーク設計の判断軸になる。
この記事の有料部では、次の3点を手に入れられる。

- IEEE 802.1Qav(CBS)の帯域予約を実際の数値で計算する手順
- 802.1AS(gPTP)とSMPTE ST2059-2が同一ネットワーク上でぶつかったときに何が起きるか、その回避設計
- 放送IP伝送(ST2110)がTSNではなくQoS+マルチキャストルーティングを選んだ理由と、音響・映像混在ネットワークの設計チェックリスト
この判断軸を知らないまま音響と映像のネットワークを安易に相乗りさせると、本番中の一瞬の途切れを「原因不明」のまま繰り返すことになる。次の現場で同じ事故を起こさないための設計図が、このあとにある。


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