対象読者:撮影・映像制作の現場でディレクター指示や進行管理にインターカム(トークバック)を使い、IP伝送への移行を検討している実務者。
インカムの指示が遅延する
本番中、ディレクターが「カメラ2に切り替えて」とインカムで指示を出した。スイッチャーの手元でボタンを押すまでに、声が届くタイミングが普段より遅れている気がした。映像には何も問題が無い。問題は、声が届くまでの経路の方にあった——アナログのマトリクスからIPベースのインターカムに切り替えた直後の現場で、この違和感に気づいた技術者は自分だけではない。

声が遅れて届くインターカムは、長い水道管の先にある水道に似ている。管が長くなり、途中に絞りや継ぎ目が増えるほど、出てくる水は遅れて出てくる。IPインターカムにおける「絞りや継ぎ目」とは、ネットワーク上のスイッチ・ルーター、そしてパケット化処理そのものを指す。配管(伝送経路)の構造を見ずに「水が出ない」と機器を疑っても、問題は解決しない。
この遅延には、国際電気通信連合(ITU-T)が定める明確な基準がある。ITU-T勧告G.114は、会話品質を保てる一方向遅延を0〜150ミリ秒の「推奨範囲」、150〜400ミリ秒を「劣化を伴うが許容できる範囲」、400ミリ秒超を「許容できない範囲」と区分している。ディレクターの声がスイッチング操作者に届くまでにこの基準を超えると、「カメラ2」という指示と実際の切り替えの間に、視聴者にも分かるズレが生まれる。

なぜこの遅延が生まれるのか、構造を分解すれば3つの要因に行き着く。①音声をネットワークパケットに変換する処理にかかる時間、②パケットがスイッチ・ルーターを経由する際の中継処理にかかる時間、③受信側で音声の途切れを防ぐために設けるジッターバッファの待ち時間——この3つだけだ。原因が3つに絞られているということは、対策も3つの観点で設計できるということでもある。

この記事の有料部では、次の内容を手順として持ち帰れるようにしてある。
- AES67・Danteそれぞれのパケットタイム設定値と、レイテンシへの影響の比較表
- 既存のアナログマトリクスからIP化する際の5段階の移行手順
- ITU-T G.114基準を満たすための設計チェックリスト
- 複数拠点をまたぐリモートプロダクションでのバッファ調整パターン

この基準を知らずにIP化を進めると、ディレクター指示と現場動作の間に150ミリ秒を超えるズレが生じたまま本番を迎えることになる。次の現場から確認できる手順を、このあとに置いた。


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