先頭の1台だけが、正しく動いた
こんな場面を想定してほしい。
社内の講堂に新規仕込み初日の昼。照明の設計者が持ってきたUSBメモリと、卓オペレーターの手元にあるUSBメモリ。どちらのファイル名にも「rig_final」とついている。どちらが最新か、誰も言い切れない。仕方なく片方を卓に読み込ませ、ムービングライト20台に電源を入れた。

動かしてみると、1台目だけが正しく首を振る。2台目は向きが8チャンネル分ずれ、5台目は色が違う。20台目に至っては、まったく別の器具のように動く。台数は合っている。アドレスの設定も見直した。それでも直らない。
原因は、USBメモリの版ではなかった。同じ機種なのに、卓が想定していた動作モードが24チャンネル、器具に設定されていたモードが16チャンネル。たった8チャンネルの食い違いが、台を追うごとに雪だるまのように積もっていたのだ。
数字にすると、逃げ場がない
照明を操る信号DMX512は、1本の線で送れるチャンネルが512と決まっている(米国の規格 ANSI E1.11)。

1台が16チャンネルなら、1本の線に32台入る。24チャンネルなら、512 ÷ 24 = 21.3、つまり21台で打ち止めだ。同じ機種、同じ線で、モードが違うだけで収容台数が32台から21台へ。差は11台、率にして約34%(11 ÷ 32)である。
ずれの量も計算できる。卓が24チャンネルで並べ、器具が16チャンネルで待っていれば、k台目のずれは8 ×(k − 1)チャンネル。20台目で、8 × 19 = 152チャンネルずれる。先頭だけ正しく動いて見えるのは、1台目のずれが0だからだ。
食い違いが生まれる場所は、突き詰めれば4つしかない。器具が何者かという「定義」、どこに置くかという「配置」、どの図面を使うかという「版」、そしてデータがどう届くかという「経路」。この4つのどこで食い違っても、現場では同じ顔をして現れる。「なんだかズレている」という顔で。
あなたの段取りが悪いのではない
機種データの食い違いは、引っ越しの段ボールによく似ている。

中身を書いていない段ボールが20箱届いたら、運ぶ人は箱の大きさだけで置き場所を決めるしかない。荷主は「寝室用」のつもりでも、箱は台所に積まれる。誰かが怠けたわけではない。目録という仕組みがなかっただけだ。
照明の現場も同じである。卓も器具も、お互いの「中身」を知らないまま、チャンネル番号という箱の番号だけでやりとりしている。ズレるのは、人のせいではなく構造のせいだ。だから、気をつけるという根性では直らない。
目録の仕組みは、すでに存在する
器具の中身を機械が読める形で書いた「目録」と、現場全体の配置をまるごと包んで渡せる「梱包ファイル」。どちらも、ドイツの規格として公開されている(DIN SPEC 15800は2022年2月版、DIN SPEC 15801は2023年12月版)。
規格があるだけでは、現場は変わらない。どのファイルを、誰が、どの順番で、どこへ渡すか。この運用が決まって、はじめてUSBメモリの「rig_final」問題が消える。
この記事の有料部で手に入るもの
- 動作モード別の「1本の線に入る台数」早見表と、ずれ量を一発で出す計算式
- 目録(GDTF)と梱包ファイル(MVR)の中身の読み方。ファイルの開き方まで
- 照明・映像・設計者の3者が、同じ図面を持つための受け渡し7手順
- LAN上で図面を自動共有する仕組み(MVR-xchange)の通信の中身と、映像用ネットワークを汚さない置き方
- ファームウェア更新でモードの中身が変わる、見落とされやすい落とし穴
- 症状から原因を4分類で絞り込む、トラブル早見表
- 映像チームが受け取るべき情報(スクリーン位置など)の取り方

ここから先は
有料部を読み終えたとき、収容台数の早見表、ずれ量の計算式、受け渡し7手順の3点が手元に揃う。私が45年の現場で積み上げた判断軸を、あなたには30分で受け取ってほしい。次の仕込みから、USBメモリの「どっちが最新か」を、聞かなくて済むようになる。
※ここから先は有料コンテンツです


コメント